コノハBEFORE
違う! そうじゃない!
突然ですが、家に、男の子が来ることになりました。
大山の家が言うには、同い年だそうです。
え。なんで? ちょ。
異論反論を口にしようとしたら、私に衝撃の事実を伝えた本人は、今時見ない唐草模様の風呂敷を担いで家を出て行きました。一瞬の早業でした。
「マンガみたい......」
思わずそう呟いた私は、意外に大物かもしれません。
違う。え、ど、どうするの?
ばかばか、私のばか。大物って何。今の瞬間は走って追いかけるところでしょ!
今から走ったら、なんとかならないでしょうか。なんともなりませんでした。坂を駆け下り、踏切まで走りましたが照子さんの姿形も見えません。
ええと。こういう時、なんと言うんだっけ。勉強、そう、今こそ勉強で培った力を使うべき。
なんだっけ。えっと......。 そう! 後悔先に立たず!
さすがです。私。さすが優等生。若干嬉しくなりました。うんでも違う。違うんです。違うそうじゃない。
私が猫だったらお腹を見せてひっくり返っているところです。降参です。困りました。
/*/
とぼとぼ家に帰りながら、色々な事を考えました。一人増えたので生活費は増額するそうです。これは大丈夫。部屋は二階に使ってない部屋が一個ありました。階段を上がるときにギシギシ音がするけれど、これもいいかな。
お布団、そうか。お布団。お布団どうしよう。来客用に買ったものの使ったことのない物があったような、なかったような。
違う! そうじゃない! 私ストップ!
そう。私こと、大山木葉は順応性が高すぎるのです。もう流されそうになっていました。危ない。同い年の男の子と同居なんて、だ、大事件じゃないですか。わ、わー。どうしよ、どうしよ......。お風呂場に鍵とかかけられたかな。
違う! そうじゃない!
また順応しそうになっている! 今考えるべきは! 抗議! そう抗議!
大山家にむかって、あり得なくないですか! って言う。その勇気! 男の子と一つ屋根の下は早いと思うんです。
しかしここで冷静になって考えよう。大山の家はいや、照子さんいるじゃないですかと言いそう。そう、そうなの。保護者がいるなら問題ない話。本来なら。
な、なんで風呂敷かついでいなくなるかな......もぅ......。
ちょっと色々信じられなくなりそうです。嘘です。照子さんはいつだってあんな感じでした。ほんの少しでも気に入らないことがあると、家を出て行く、そんな困った人。悪い人ではないけれど、ああいう大人になってはいけない会の筆頭副理事くらいにはなれそうな人。あの人と私が親戚というのが信じられない。
あれ、でも順応性は似てるかも。照子さんも、この世のどこででも寝れる(断言)してたし。
なるほど。私は家に帰るまでの坂道で、思いました。
私、一杯一杯になってる。
まあでも、仕方ないですよね。だって親戚とは言え同い年の子と、同じ屋根の下に住むんですから。
そもそも、私は心の容量が狭いのです。照子さんが太平洋くらいなら私は瀬戸内海、あれ意外に広い。でもそこらの水溜まりとかいうとちょっと汚い気もするし、自分を卑下するってどうなのって思わなくもありません。
まあ、その。とにかく私はピンチです。そう。大変なのです。
それから私は自らを落ち着かせようと、家を隅々まで掃除したり、頑固な風呂場のカビをお酢と熱湯で退治したり、客用のお布団を干してバンバン布団叩きで叩いたりしていました。
お気に入りの花柄コップで麦茶を飲み、ちゃぶ台で素麺を食べようと手を合わせたときに思いました。違うそうじゃない。
うん。そう。分かってた。私分かってた。流されていました......。だってしょうがないじゃない。お掃除を途中でやめるのは罪。ナポレオン法典にも書いてある。
よし。まずは落ち着こう。それで私は勉強してテレビを少し見て、お布団に入りました。電気を消したあたりで違うそうじゃないという声が聞こえた気がして、布団の中に潜りました。
きっとこうやって人間というものは泰然と歳を重ねていくのでしょう。そして平安から鎌倉へと時代は流れ、現代の高校生は歴史の授業で困り果てるのです。まあ、今の私ほどじゃないですけどね。
五〇周くらい回って、自分がなんでピンチなのか分からなくなってきました。大丈夫。意外に私、力持ちだし。
......。
だからぁ!
私は布団から起き上がりました。だからなんで順応してるの。私。昼間思ったじゃない、やるべき事は抗議、そう抗議!
まあでも、眠いから明日考えよう......。
私はお布団に入り直しました。照子さん早く帰ってきてください。