ベニAFTER
わらわが怒ったら一一〇〇年アタックするからね
広がる風景は知った風景に見えて、どこもかしこもおかしかった。僅かな違いなのかもしれないが、そのわずかが、俺をいらだたせる。なんだろうな。これ。
「何度来ても慣れねえなあ」
そう呟いたら、意外なやつが俺の方を向いた。ベニだ。なんでか地下では狐耳をしている。
「生者が慣れるわけがなかろう。ここは死者の国ぞ」
「マジか。え、でもニニは平気そうだぜ」
「いきなり特大の例外を出すな。やつは特別じゃ」
「特別ぅ?」
俺が言うと、ベニは尻尾を揺らした。やべえ、こいつ耳どころか尻尾まであったわ。ゆらゆらしてこええ。ニニは気にしないですぐ尻尾に手を出したりしそうだけど。絶対ヤバイ病気とかもってそう。
「なんだその目は不敬だぞ!」
「いや、だってな。普通だろ。あいつ。生まれは宇宙かもしれんけど」
「宇宙生まれというのが一番どうでもいい話じゃ、まあいいそなたに言っても仕方ない」
ベニは扇子を開いて近づいて来たケガイを斬った。舞うように見えるが、なんかエロくない。残念だ。よくできたなと褒めたくなる。
「また不敬を重ねたな」
「なんのことだ?」
「いやらしいことを考えている」
「いや、それだけはない」
「それはそれで失礼だと思わんのか? わらわが怒ったら一一〇〇年アタックするからね」
「なにそののんびりした攻撃」
「一一〇〇年の重みの一撃よ!」
「え、でも命中しても死ぬのは一一〇〇年後だろ」
「そ、れ、は、別の技じゃボケぇ!」
「なんだよ面倒くせえなあ」
と思ったら、ベニはあちこちを見ている。ちっこいせいか落ち着きがないやつだ。ニニを探しているのか。
「ニニがおらぬ」
「あいつ、また遠くまで行ってるな。まったくなんだってああも無防備かね」
「それは仕方ない。ニニは特別じゃ」
「また特別ね......」
俺は地面に座り込んだ。八月というのに地面はぞっとするほど冷たい。
「まあ、待ってれば戻ってくるだろ。それよりも、俺からみるとベニ、あんたのほうがよっぽど特別に見えるけどね」
「うむ、私は特別なのだ!」
ない胸をはってベニは自慢している。俺のいう特別はあんまり良い意味じゃないけれど、そういうのは伝わってないみたいだ。
まあいいか。
「その特別なベニさんは、なんでそんな格好なんだ? 仲間なんだ、教えてくれてもいいんじゃねえか?」
「ふむ......確かに何もしらぬというのも可哀想。では話をしてやるか」
ベニはそういうと俺の横に座った。乙女座りってやつだ。んー。残念。盛上がらねえ。
「わらわはかつて貴族の娘だったのじゃ」
そう言うベニの顔は少し寂しげで、茶化すのはためらわれた。まあ、確かに変な喋り方してるしな。しかし貴族、貴族ねえ。
「貴族ってどこの?」
「葦原中つに決まっておろうが! 足を踏みならずぞ!」
「え、ということは日本?」
「当たり前だー!」
「いや、わかんねえって。狐は世界中にいるじゃねえか。種族としての狐は大成功で、北極にもユーラシアにもアフリカにも北米にもいる」
「なんでおバカなのにそういうところは詳しいの!?」
突っかかれてすごまれた。怖くはないが。俺は小指で耳をほじった。
「あー。学校の勉強はやる気でねえんだよな」
「やる気をだしなさい。あんたにゃもったいないくらい、いいこと教えているから」
「真面目か。いや、それはいいからさ、そんんで日本の貴族ってことは明治生まれ?」
「へ・い・あ・んじゃ」
「ん、あー。それで一一〇〇年、なるほどわかったぜ」
「ほんと良い性格してるわ」
「そうかぁ?」
俺は腕を組んだ。ネガポジな世界は変すぎて、ベニの言葉すら信じてしまう。
「んじゃあ、その貴族のお姫様が、なんでこんなところに?」
「話せば長いが、ととさまに愛され、日々勉学と詩作にはげむも病に勝てなかったのじゃ」
「え、お前ケガイなの?」
「一緒にするな! わらわは女神! まあ、位は高くないけど」
「なるほど? 神とケガイの違いってなんだ」
そう言ったら、心底異物を見られるような目で見られた。そんな顔されてもな。
「本気で言ってる?」
「というか、こんな風景見せられて冗談は言わねえだろ」
「なるほど。じゃあ言うけど、そういうこと言ってると、神々に殺されるわよ」
ベニの顔はマジだった。まあ、人間をケガイ呼ばわりしたら、殺人に発展したって話もないじゃない。神サマもおんなじか。
ベニは機嫌を害しているが殺しにはきてない。人間と同じでいいやつもいるんだろう。
「なるほどね。分かった。気をつける」
「気をつけなさい。神々は勝手よ。わらわよりもね?」
「そいつはやべえな」
俺は空を見て話題を変えることにした。死者の国にも空はある。色、変だけど。
「地下の世界は色彩がおかしい。色反転してるみてねえだな」
「色反転、とはなんじゃ?」
「あー。カメラのフィルム。ネガフィルムとか」
「あー。それね。うんうん知ってる」
「いや絶対しらねえだろ」