扉絵

タカコAFTER

お兄ちゃんを蹴るのはそんなに嫌いじゃないの

 同級生がバカ過ぎてつらい。

 

 悪気がなさそうなのがさらにつらい。

 それで私は旅をすることにした。まあご近所なんだけどね。隣町に行くお金なんてないし。

 そもそも葦原中つはケガイ出ないから、ここが一番という気もする。うん。これは負け惜しみじゃない。

 それで歩いていたら高校にきちゃった。

 彫像のように壁に立てかけてある先生を見つけて、なんとか運んだの。

 皆酷いよね、先生放置するとか。薄情だ。現代社会怖い。

 それで先生が急に動き出したので大丈夫ですかと訪ねたら、仲良くなったの。今じゃ勉強教えてくれる間柄ってわけ。

 

「ねえ、聞いてる?」

 

 私は大きいというか丸い背中に話しかけた。

 8月は暑くて、私たちは神社の木陰で身体を休めていた。

 

「ねえってば!」

「聞いてるよー。最初のああ遅刻遅刻ってところくらいまでは」

「そんな事言ってないし、最初の一言目から聞いてないじゃん!」

 

 憤慨したら、ナナチは振り返って、わははと笑って自分の腹を叩いた。いい音するわぁ。でも乙女に向けてやるアピールとしてはどうなのよ。

 

「そこんとこ分かってる? ナナチぃ」

「何を言ってるんだい、タカコちゃん」

「ネタに困って腹太鼓鳴らすのは最低だよ」

「そんなことぁないさ。腹太鼓はナウなヤングにバカウケだぜ。原宿ではみんなやってる」

「ほんと!?」

「ホントホント」

 

 このままボロが出るまで付き合ってやろうかとも思ったけど得意げな顔がムカつくので蹴った。手にかけてないから大丈夫よね。

 ナナチはわざとらしそうによろけた。

 

「親父にも殴られたことないのに!」

「毎週怒られてたじゃん」

「ふっ、これだから一般人は」

「なんかテレビマンガのセリフ?」

「アニメと言ってくれよ」

 

 私は再度蹴った。

 

「小学生騙してるんじゃねえよ! しかも二回!」

「暴力振るう小学生はただの犯罪者だよ」

 

 ナナチはたまにイイ返しをする。今のも良かった。そんな感じで会話のキャッチボールできるなら私のお兄ちゃんにしてあげるのに、どうもこいつは発言にムラがあるのよね。まあ完全に私を子供扱いして幼児言葉になるサルよりずっとマシだけど。

 

「ごめんね。言い過ぎたかい?」

「ううん? 今の切り返しの速度と方向は中々良かった。今の間はなんでムラがあるかなぁという部分」

「僕たちみたいなやつは興味ある部分については早口になれるけどそれ以外は興味なくてね」

「ナナチの切り返しで一番面白いのはアニメとか関係ない部分だし」

「悪口をいうな!」

「そうそれよ、そういう切り返しがいつもできるならタカコ嬉しんだけど」

「そいつは難しいなぁ。僕は今の自分を気に入っている」

「分かってるって」

 

 私はため息。惜しい。ナナチは結構惜しいんですよ。人を年齢で見たりしないし、私が頭良くても怒ったりしない。でも自分の趣味を上位に置きすぎる。私は誰かの一番になりたいわけですよ。

 

「あー、私専用のお兄ちゃん欲しいなあ」

「専用機はロマンだと思うけど、タカコちゃんはどうかな。そもそもなんでお兄ちゃんなんだい?」

「それこそロマンよ」

「なるほど、そう言われたら何も言い返せないな。まいったまいった」

 

 全然まいった感じなしにナナチはそんなことをいう。

 しかも自分の腹をペチペチしている。狸か何かかしら。

 

「その腹を叩くのやめたらモテるんじゃない?」

「モテてどうするんだよ」

 

 真顔でそう言われた。ナナチぃ。高校生で人生投げるなよお。

 

「真面目な話お姉さんでもいいんだけど、なんかこう説教臭いんだよね、お姉さんて」

「同性として心配だからじゃないの?」

「本人としてはそのつもりなんでしょう。けどね?」

「無意識の悪意でも見えたのかい?」

「うんうん。そんな感じ。ナナチぃ、今日は調子いいじゃん」

「そうかな。いつもより凹んでそうだから相手してるだけかも」

「そこまで見通してるなら私のお兄ちゃんになって、いつもそんな感じで鋭いところみせてよ!」

「お断りします」

「秒で返すな。タカコが美人になっても知らないから」

「君が仮に美人になったとして、それで態度を改めるようなやつは心底遠ざけたほうがいい。これは説教じゃないぞ」

「忠告ありがとう。でも私は見た目だけで判断してくれる頭の悪そうなお兄ちゃんを蹴るのはそんなに嫌いじゃないの」

「さっき僕を蹴ってたよね?」

「それ以外でも蹴りたいときは蹴るのよ」

「なんという女王様体質」

「ナナチの反骨精神も凄いと思うけど」

 

 私はため息。

 

「この間介抱した立てかけてある先生もね、二言目には説教するの。頭はいいから許してるけど」

「クニ先生は努力して大学に行くことが幸せと思ってるからね。それは一面の真理かもしれないけれど押し付けられる方は、自分や地域や自分を取り巻く環境を否定された気分になるんだよね」

「クニ先生に足りないのは配慮よね。まあそんなこんなで理想のお兄ちゃん探し中なわけ」

「なるほど。じゃあ紹介するよ。期待の大型新人」

「タカコ、バカは駄目だから」

「さっきは別のこと言ってたくせに。あの宇宙人はどうだい?」

「ニニ? いいよねー鍛えがいあるわー」

「なら僕じゃなくて彼のところ行きなよ」

「そうなんだけど。時々いい人過ぎて悲しくなる」

 

 私は本音を言ったがうまくは伝わらなかった。ナナチは、だったら優しくすればいいんだよとか、ひどく難しいことを言いはじめたからだった。

 それで蹴った。これくらいでいいんだけど。

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