扉絵

ニニAFTER

きみはきぼうのさいごのいきのこり

 気付けば僕は列車の中に乗っている。

 

この列車には覚えがある。電化区間じゃないんだ。

 唐突に、この街に来た時のことを思い出した。なぜだろう。いや、理由は分かる。初めて来た時の不安。それがここにもある。

 街だ。葦原中つ町の写し。同じようで、ドウしようもなく違う。

 街を形成する色彩が一定の変化を見せている。規則性はあると思うが、今それを探る時間はない。

 走りながらケガイを斬る。ケガイは形を失うとさらなる地下に溶け落ちて行くように消えた。

 これは死ではない。ケガイは最初から、もう死んでいる。だから倒すことを、撃攘という。

 

「お父さん、あとどれくらいだ?」

 

 僕をお父さんと呼ぶホオリが走りながら、そう言った。

 

「もう少しだといいけど」

「了解。体力鍛えとけば良かった」

 

 ホオリはそう言って苦しそうに息を吐いた。休みたいけど、そうもいかない。なにせケガイが湧いてくる。

 ホオリから目を離し、もう片方の同行者に目をやる。サルが、ケガイめがけて木槌をおもいっきり振り回している。どこで見つけてきたんだろう。あれ。

 ここはよく分からない場所だ。男三人で神社にいたら、ここに来た。来れてしまった。自分でも何を言っているのか分からない。ただ、あれ、行けそうだぞと足を踏み出したら、すっとここに来ていたのだ。

 それより不思議なことは、戦えることだ。意味が分からない。世界中の軍隊が苦戦しているケガイに、僕たちは互角以上に戦えている。

 意味が分からない。でも身体は勝手に動く。こうすればいいと、脳ではなく身体が知っている感じだ。

 それは僕だけじゃない。ホオリも、サルもだ。

 どういうことなのか、じっくり考える時間が欲しい。その時間がないのがとてもストレスだ。

 考えているうちに、見覚えのある場所に出た。学校にいたるまでの......僕にとっては長い......道の途中にある場所。商店街。ああ。ここだ。ここだ。この心の動きはなんだろう。見覚えがあるからではない。別の感覚。

 アスファルトの地面に映り込んだ巨大な影を見て、ゆっくりと視線をあげる。

 歩く大樹とでもいうべき化物が蠢いている。これも、ケガイなのか。そうなのか。死んだ植物にはとても見えない。

「マタ来ヨッタカァァ」

「またってなんだよ。初めましてだろ!」

 

 サルが見当違いのことを言っている。

 

「それよりケガイが喋れることに注目すべきじゃないかな」

「こんな修羅場で何言ってんだよ。道中でも話すケガイはいたろう」

 

 そうだっけ。全部斬っていたから気付かなかった。いや、そんなことはいい。大樹の化物は僕の胴よりも太い枝を振ってきた。末端速度は音速近い。筋肉でもついているのかというような動きだった。

 避けられない。避けるために下がれば、一番速度の乗った先端部分が僕に当たる。

 それであえて前に出た。力強さは同じでも根元に近い方が、痛くないはず。

 まったく同じ事をサルがやっているのが見えた。物理の成績はあまり良くない筈なのに、なぜだろう。考え込む暇もなく、一撃が来る。矛で受けたら折れそうだったので、受けなかった。自分にこんな勇気があるなんてね。

 苦笑しながら一撃貰った。すくい上げられるように持ち上げられて、落ちる。落下のダメージの方がずっと痛い。

 

 唐突に思い出した。僕はこの攻撃で死んだ。

 

そう、死んだ覚えがある。たしかに初めましてじゃない。

 自分の覚えに困惑しながら次の攻撃をかわした。今度は躱すことができた。そうだ。そうだった。僕は前より動けている。

 ゴロゴロ転がって難を逃れながら、仲間に目をやった。サルは僕よりダメージが少ないみたいで、叫びながら木槌を振っていた。

 ホオリを見る。ホオリはサルよりずっと頭がいいはずなのに、敵の攻撃を避けようとして後ろに下がってしまった。

 それで、折れた。折れた背骨が肉屋の看板にひっかかっている。あれで生きているわけもない。

 
 

 死んだ。ホオリが死んだ。

 
 

 自分でも信じられないほど野太い声をだして、僕は矛を大樹の化物に突いた。ダメージがなさそう。筋肉はあるっぽいのにそういうところだけ本物の木みたいだ。

 

「なんでこんなに硬いんだよ!」

 

 サルが叫んでいる。僕と同じ事を思っていた。どうすれば、どうすればいいんだ。何が悪かった? 前よりずっと強く感じる。何が悪かった?

 ホオリが言うとおり、もっと身体を鍛えておけばよかったか。それとも、もっと皆と仲良くしておけば連携が取れただろうか。そもそも女の子たちと仲良くしておけば戦いについてきてくれたかもしれない。

 気付けば サルが歯を食いしばりながら大樹と力比べしている。そんなの無理だろ。いや、これはチャンスなのか。化物に隙ができている。

 声を涸らして矛を突き立てる。ダメージが通ってないように見えるが、それでもこれしかない。矛を持つ手が痺れて皮がむけて血を流しても、攻撃を続けるしかない。

 
 

 サルが、潰された。

 
 

 最後の言葉なんか聞く暇もなかった。僕一人になった。化物が僕の方へ向き直る。

 ていうか、なんだよ。これじゃ虐殺じゃないか。

 

 何が悪かった。

 

 モモンガから受け取った加護とやらが少なかった? 授業をちゃんと受けたほうが良かったのか? 毎日おみくじを引いた方が良かったのか。

 枝が振られる。足が言う事をきかない。頭に迫ってくる。ダメだ。

 僕は吹き飛ばされた。薄れる意識の中、どうすればよかったのか。そればっかりを考えていた。



 

/*/



 

 僕が死ぬと、光の粒の塊のようなものが僕の死体に集まってきた。何か、声が聞こえる様な気がする。

 おかしな話だ。僕は死んでいるのに。

 というよりも、僕はなんだ。霊魂なんて馬鹿げたものに自分がなっているとは中々信じられなかった。

 目を細める。自然と顔が上を向く。光の粒の塊が何かを言っている。

 
 

 ダメだよ

 
 

 なんだって......?

 
 

 諦めちゃダメなんだよ きみはきぼうのさいごのいきのこりだから

 
 

 僕だって諦めたくはないさ。でも死んでる。

 すると光の粒は8に似た形を取った。粒が動き出した。

 
 

 急に時が巻き戻り始めた。

 
 

 僕が吹き飛ばされて死ぬ前からサルが死ぬ前に戻り、ホオリが死ぬ前になって夜が昼になって、また夜になった。

 巻き戻りながら僕は叫んだ。光の8に。

 

「でもダメなんだよ。何度やり直しても、僕には記憶がない。同じようなところで死んでしまう」

 

 その時だった、僕の中に何かが飛び込んできて溶けた。

 瞬間浮かんだ風景。ムササビが僕の頭の上に乗って口を開いている。僕が経験したことのない風景。

 ネームエントリーがないタイプ? なんですかそれ。

 気付けば僕はまた列車の中に乗っている。

 
 

この列車には覚えがある。電化区間じゃないんだ。

 僕は一度目を瞑って、今度こそはと、心に決めた。

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