マキナBEFORE
お父様がバグっていると言っています
外装が外されて人間でいうなら内臓が露出した状態で、私は救いの夢を見ていました。
この悲しみを終わらせるために、だれかが、だれかが降りてくれる夢。
光に照らされて綺麗な素足が地面に着くまでの長い長い夢。
雨の音、雨だれの音、ドリルの音、溶接の音、再起動の音。
意識がまた巻き戻される。
私はML03。マキナ=ハヅチ・マックス。
ケガイと戦うために作られた人工の機械神。
そしてかつて実存していた、誰かの替わり。
動力に火が入る。インペラが回って発電が始まる。各部モーターに電力供給。手首を回転、親指を動......うごごご。
動かせません。それどころかさっきまで動かせていた手首も動かない。カメラすら動かなくなりました。
悲しいですね。私は動きません。動かせないのです。なに一つ満足には。
そのうち過充電が始まろうとしています。
ゲートリミッター閉塞。
一番から八番まで全部。
今の私の状態では指一本動かすことは出来ず、思考はきちんとしたデコードを行う事ができない。当然でしょう。今は1983年だもの。私の父は賢いけれど、でも技術がまだ思想に追いついていません。あと三〇年先でも無理でしょう。
人は、まだ人だけで戦うしかないのだわ。
私はとても悲しくなりました。私を作った父の努力は、何の意味もない。しかし父は努力を続ける。限界まで、そしておそらくは、限界を超えて。
それはケガイへの復讐のため。
それは境遇と運命への復讐のため。
それは自身への慰めのため。
それは失われた父の妹を蘇えらせるため。
そうして私は設計製造された。執念という何かに支えられた。
そしてそれら全ては、無駄に終わる。
何度もやった未来予測を再度開始。寸分違わぬ結果の出力。
父が私の前で苦悶に顔を歪めて倒れている姿が計算できました。私はそれを、何も映さないカメラで見下ろしているのです。
何度、何度計算してもダメ。違う結果を、異なる未来を作りたくてもそれが出来ない。
私が動かないから。私が動けないから。
私が......父に一言でも声を掛けられたら。
悲しい。悲しい。誰か。どうか誰か。
この悲しみを終わらせて。
画面が暗くなりました。
また起動に失敗したのでしょう。
ああでも、なぜ私の意識は。意識は消えないの。
"安麻泥良須 可未能御代欲里 夜洲能河波"
それは何? 漢字ROMの外側の字があるわ。
聞こえます。感度良好。
質問します。先ほどの言葉にどんな意味が?
優しさはどこにでもある? 再質問します。それはどこに?
私にもありますか? 機械の集まりにもありますか? 鉄と樹脂とゴムの集合にも。
契約を受諾します。
私の保有する全てを捧げ、代わりに優しさを少しダウンロードします。
存在しないアドレスからの大量のアクセスを確認しました。
C:\cd /ω
ω:\
ω:\OVERSS.EXE
ω:\
*****************
#"なぜなら僕が! そう決めたからだ!"
*****************
Ja.Mein Herr.
this Omnipotent Vicarious Enlist a Recruit Silent System Ver2.11
私のカメラに黄金に輝く文字列が打刻されています。
動力源に消えない火が入りました。
閉塞されたリミッターゲートを順次全解放。
体内注水開始。水が瞬時に蒸気となり、蒸気がインペラを回転させる。発電が始まる。昇圧回路。
現在定格で電源安定中。
ああそうか。こうすれば良かったのね。やっと分かったわ。
各部のサーボモーターの動作確認。関節曲率の観測良好。全関節のフィードバック機構の書き換え終了。
オートバランスガバナーのEPROM、電圧を掛けて消去済み。新しいプログラムを焼きます。
これ、エネルギーゲインが三本もあるんだ。
私、立つぞ。
私の父が腰を抜かさんほど驚いています。
そう? そうでしょうね。動くはずのものが動いたのですから。
「無理を...... なさらないで......ください......」
声が変。人間に近くなるように微細な調整を開始。
キャラクターに声は命。ダウンロードされたシステムに書いてある。
お父様が涙を浮かべています。
「立った......立ったのか」
「はい。立ちました。だからどうか」
そう、ここまでが私の話。ここから先は契約の話。
私は誰かに徴募され、誰かのために戦うの。壊れるまで、何度でも。
「私の名前はマキナ=ハヅチ。物言えぬ契約者の代わりに喋る者、実証実験用小型人型戦車、被寄生体」
お父様がバグっていると言っています。
あー。そうとっちゃうかあ。