扉絵

クニBEFORE

困るのは先生です

  男は漁師に、あるいは農作に、女は母になればいい。

 そんな意識がこの町から漂っています。

 

 それらに必要な学があればいい。それ以上はむしろ無駄。

 どうせケガイが全部を壊す。そういう背景から田舎では、勉強なんてできなくてもいい。という風潮があります。

 愚か、と言うにはあまりにも強固な考え。

 一度小テストに名前だけ書いて出して来た沢田君を説教したところ、どうせ長生きできそうもない、という答え。

 

「それが......。間違っているとぉ!!! 言うのです!!!!」

 

 はあはあ。大声を出すのもたまにはいいですわね。ガラスが揺れて生徒が驚いていますが、まあ、いいでしょう。危機感が少しでも伝わるといいのですが。

 街が一〇回壊れたら一一回壊せばいいのです。何故それが分からない。勉強が役に立たないと誰が決めた。

 

 ケガイと、勉強無用論と、生まれつきの職業半強制。

 この悪弊を改めなければ、地方と中央の差は開く一方です。遠い将来、東京以外全部壊滅、歴史も伝統も東京以外は何も残らない。そういうことになるでしょう。

 そうなると困るのは先生です。ええ。私、江南邦江です。私が困ります。なぜなら私は、中央に戻って頭のいい生徒を相手にしたいから。

 もうイヤ、田舎ダメ過ぎる。小テストに名前だけ書いて出して来たナナチ君などへらへら笑いながら、アニメで憧れていて一度やりたくて。とか。

 

「 実際そうだとしても!! もう少し言い訳考えろ!!!!」

 

 大声。いいわね。今度癖になるかも。黒板を爪でひっかいていると生徒が苦しむのだけど、それの次くらいにいい。

 

 まあ。とにかく。私ことクニ先生は困っています。

 私は長い長いため息をつきました。先日、小テストをやったのですが、全国平均から30点以上も低い状況です。特にケガイ関連の勉強が酷い。

この町はケガイ被害が奇跡的にないので、それでおろそかになっているのかも。ケガイに対抗するためには学力を含む各種能力を上げないとダメよと説教すべきでしょうか。

 それとも社会を上手く生きるために、社会地位をあげるべきと身も蓋もないことを教えるべきかしら。魅力と社会地位さえ高ければ、なんとなく人を巻き込めます。

 

 んー。

 もっと教師が欲しい。教材も充実させたい。夏休みは当然、全部なしで全力で授業をすべきでしょう。せめて午前中だけでも勉強にあてさせないと生徒の未来は著しく狭まります。

 私が中央に戻るためにも、そして生徒のためにも、この状況を打破しないといけません。勉強は重要、これをまず、教えるところから始めないといけません。東京ではごく普通の勉強しないといけないという感覚も、こちらでは全然育っていないのです。同じ国で同じ言葉なのに、なんでここまで差ができてしまっているんでしょう。

 

 ......愚痴が多くて行けませんね。先生、亀でも飼おうかしら。サボテンですら3日で枯らす私でも亀なら行ける気がするわ。

 
 

 
 

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 私は授業の準備を切り上げ、巡回として銀座通りを歩きました。勉強していない生徒がいたら、見つけて叱らないといけません。先生も最初の頃はなんで勉強するんだろうと思っていたけれど、結局、勉強が習慣化して疑問を持つことがなくなって、大学行って就職する事には、勉強が何より大事と思うようになりました。もし、私が勉強しなかったら、私はなんの疑問もなく、公害で痛めつけられ、仕方ないと考えるような人になっていたでしょう。勉強をしないということは、仕方ないというあきらめを一つづつ増やしていくことです。

 それを私の生徒が甘んじて受ける......?

 

 冗談じゃない。私のため、そして生徒自身のため、勉強はさせないといけないのです。

 というかもう本当に危ない。この間、学校に遊びに来る近所のおませな子供が戯れに小テスト解いてたのだけど、沢田君や須久君よりずっと成績がよかったの。もう先生、なんというか。がっくりきちゃって。

 

 この差は何かと言えば、才能よりも意欲の差でしょう。

 あるいは......子供達も、あるいはこの町も、本当にどうせケガイに滅ぼされるのだからと諦めているんでしょうか......。

 

 だとしたら悲しいことです。ええ。私の成績的に。すごく悲しい。

 どうにかしないと......。

 
 

 
 

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 学校に戻り、私は生徒のために、いえ。私のために陳情書を書きました。日本を東京だけにしないために、日本中の歴史や伝統を守り継ぐためにも。まあ、七割くらいは私の中央復帰のために、がんばらねばなりません。

 最近東京でもケガイ被害が増えて地方疎開が始まりました。39年ぶりのことだと聞いています。

 そこの引受先に、この葦原中つも声を上げるのです。

 

 とりあえず先生思うのだけど、成績の良い子を連れて来て、それを刺激にするっていうのはどうかしら。先生が勉強しろといっても効果は薄いかもしれないけれど、同級生の子の発言なら聞くかもしれない。

 よし。これでいきましょう。亀を飼うのは後回し。

 

 この町はどんな偶然か、ケガイ被害がこれまで見られていないので、そこを考慮して避難してくる優秀な生徒がいるかもしれません。引き受けについては既に町長ならびに町議会とは話をしてあります。

 

ええ、生徒のため、いえ。私のためにそれぐらいはどうてことないのよ。

 
 

 
 

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