扉絵

テラスAFTER

見た目だけは綺麗なんだけどね。

 川面に夜空が映っている。何度目の夜か。もう数えるのもやめてしまった。

 紫色になってきた空を見上げて、私はありはしないきぼうを探そうとした。

 当然ない。それは去年落ちた。

 きぼう。そういう名前の宇宙ステーション。この時間にはその宇宙ステーションが見えたものだった。

 愚かしい人間たち。神々もケガイも、繰り返し以外は求めてないのよ。

 また太陽が昇る。死んでしまったあの人は、まだ太陽は昇っているんじゃない、地球が太陽の回りを回っているんだと言っているんだろうか。そういうところを愛していた。

 でも、違う。

 私はテントを畳みながら思う。科学的な正解を追い求めても意味がない。

 ケガイがいて、神々がいる。そんな世界に科学は意味をなさない。物理法則が二つあるようなものだ。そして片方は、科学を目の敵にしている。

 科学をやるのならまずは神々とケガイを倒さないといけない。

 あの人はついに、それを分かってくれなかった。

 愛する人の言葉すら信じられない。愚かな人だと思う。それでも私は愛していましたよ。

 焚き火を消し、後始末をして立ち上がる。燃えかすもまた資源だ。集めて一斗缶にいれる。

 きぼうのない日々を、人はどうやって過ごしていくのだろう。それともただ、死が溢れ高天原を目指して昇るのを眺めるか。

 同じか。

 私は小さく笑った。同じだった。

 神々は硬直した。何度もやりなおせるが故に永遠の立ち止まりを選んだ。それでも太陽は昇るが、それは明日ではない。いつか見た日だ。

 大神たちはケガイに攻められれば時を戻すだろう。それはもうどうしようもない。

 きぼうはなく、明日もない......か。

 

 悲しい、悲しい。なにもできないあの人形のお嬢さんのように悲しい。

 この悲しみを終わらせる者はいないのか。いるならば誰でもいい。この悲しみを終わらせるために、顕現して欲しい。

 私は歩き出した。家には帰れない。だから町の中を今日も彷徨う。

 この世のどこかに、希望は残っていないだろうか。もしも見つけたら、それのために力を使ってあげるのに。


 

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 私には娘がいた。可愛い可愛い娘だった。まだ4つだった。でも死んでしまった。あの日。きぼうが落ちたときに。

 悲しみは深く、まだ癒えているとは言いがたい。私に似てあの人が大好きで、あの人にくっついていってしまった。止めておけばと今も思うが、何度やり直してもダメだった。私にもできないことはある。

 とても悲しいのだが、腹は減る。食事も喉を通らないという段階はあったが、もうそれも超えてしまった。どんな悲しみにも慣れてしまう、それが人間の強さと悲しみかもしれない。私が本当の意味で人間かはさておいて。

 川沿いにはセリが生えていた。セリを集める。そう、朝食はセリのおひたしにしよう。湧き水を取りに山を削って作られた国道を歩く。削った結果地下水が湧き出るわけだ。

 当然ながら川の水を飲んだりはしない。何が入っているか分かったものじゃないからだ。水については水源に近ければ近いほどいい。

 コンクリートに固められた山肌に水抜き用のパイプが差してあって、そこから水がこんこんと湧き出ていた。私はそこで水を汲み、せりを洗って火を立てることにした。

 些末な日常のあれやそれやが、悲しみを遠ざける。あとインスタントコーヒー。

 インスタントコーヒーを飲んでいたら、白いサンショウウオが姿を見せた。神使という感じでもないから、そこらの神だろう。

 目は白く濁っていて、大きさは2mほど。随分と大昔からこの地にいるのだろう。土地神というべきものかもしれない。

「どうしたんだい?」

「かしこみかしこみもうす」

「おお、これはご丁寧にどうも」

 白いサンショウウオは私の方を向いた。目は見えていなさそうだから、声のする方をむいたのだろう。

「異界の何者かが一人の存在をこちらに送りました」

「ケガイかな?」

「そうではありませぬ。こちらとはまたありようは違えど、蹲踞に値するひとかどのものかと」

「ふうむ。蟲とかモモンガとかがやってたやつかなあ。分かった、丁寧にありがとう」

 お礼を言うと白いサンショウウオは尻尾を振って山の中へ消えた。

 それにしても、異界ねえ。軍勢でなくて一人だけ、というのが気になるといえば気になる。パーティにすらなっていない。偵察かな? でも蟲たちの企みと同じなら、決戦存在というやつのはずだ。おお、強そう。まあでも、大神たちの敵ではないかな。血統からして時間操作能力はもってないと思うし。

 だとすれば残念。意味がないとは言わないが、意味が薄いだろう。伊達に何度もやりなおしをしていない。

 私は夏の空を見上げた。今日も暑くなりそうだ。高天原がよく見える。

「見た目だけは綺麗なんだけどね」

 私はそう言った。どんなに悲しいことがあっても、あそこに戻ろうなんて思わない。

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