ベニBEFORE
つまり、わらわは偉いのである!!
わらわは紅姫天王なのだ。ベニ、とも言う。
今をさること千年くらいは前のこと、わらわはまだ人間であった。病弱な人間であった。
ととさまにま母上さまにも悪い事をした。弱いがゆえに、苦労をかけた。
ととさまが実質の配流されて、しばらくもせぬうち、人としてのわらわは死んだ。病気であった、と思う。正直に言えば苦しすぎて、そのときのことは良く覚えていない。
じゅうようなことはその後のこと。わらわを哀れに思ったウカノミタマノミコトさまが、わらわを転じて白狐として召し抱えてくださった。そう紅なのに白なの! めでたいからいいけど。
それからはてさてもう千年。最初の百年ばかしは悲しむわらわは撫でられてばかりいた。その後は少し元気になって、お使いをすることになった。重要な仕事をすつことになったのはここ二00年くらいであろう。
つまり、わらわは偉いのである!!
どう? どう? うやまいたくなった? 敬っていいんだぞ?今ならベニさま応援セットをあげる。わらわの尻尾を模したファーに、団扇、おみくじ!
まあ宣伝はそれくらいにして、わらわは新たな使命を得てこんこんと葦原中つの葦原中つにやってきたの。よく分からない表現ね? でもそういう名前だから仕方ないわ。
しかし、片田舎ねえ。どうせなら都会のお使いのほうが良かったんだけど。あ。でも都会だと車が多いからダメかも。トラックにはねられたりしたらどこか別の世界に飛ばされてしまうわ。
はっ。豆腐屋発見。いそいそと......逃げる。わらわだけでなく、稲荷業界は豆腐屋苦手な狐(こ)が多い。
豆腐屋が悪い訳ではないんだけど......油揚げの匂いがね......。信徒にもよく知られた好物だったんだけど、数百年捧げられていると流石にその......。苦手になる......かも。ウカノミタマさまの使いが食べ物で好き嫌いはいけないんだけどね。
本屋発見。雑貨屋、クリーニング店、洋装屋......意外に色々あるわね。
あ。肉屋発見!!!
「一つくださいな」
「何をだい?」
はっ。いつも捧げ物ばっかりだから、自分で偉ぶってこと分かってなかったわ。
「じゃ、じゃあ一番左ので」
「メンチカツね。あいよー」
それで食べたメンチカツというものはまさに最高。至福。まさに神々の食べ物。人が作って人が食べているけど。あ、でもこれを公にするとまた嫌いになるまで食べさせられるかも。
人気神つらいわね。流石のウカノミタマノミコトさま。
さあて、お腹も一杯だし、どうしようかしら。
大丈夫! 使命を果たすのよね。うん。それは分かっている。
えっと。
そう。葦原中つを守るの。わらわ偉い。
高天原は他の神々が守りに動く。でも葦原中つの人間を守ろうとするものは極少数になるだろう。だから......わらわ。
こっそり守ってあげるって寸法。なんて重要な使命!!
御使いになって数百年、こんな重要な仕事があったろうか。ないない。よし、頑張るぞ!
んーと。とりあえず何をすればいいのかしら。見廻り?
それも違うか。
脅威としてのケガイから人を守るなら、見廻りはあまり意味がない。ケガイが出てくる場所を探す方が良い。問題はケガイが出てくる場所が分からない事。探すしかないわね。
見廻りと探して歩く事って同じような気がしたけど、意識して探すことには意味があるはず。
商店街の石碑を見て、海岸の案内板を呼んで、ケガイの出そうな場所を探す。恨みつらみが貯まるところはケガイが出やすい。でもこの町では処刑場も古戦場もない。つまり、ケガイが出てくる可能性は低い。
実際、ここはもう一〇〇〇年以上もケガイが出ていない。つまりわらわの年齢より安全な時が多かったわけ。
あれ、思ったより簡単な使命? ううん? でもとても重要な使命だってウカノミタマノミコトさまは言っていた。その言葉に嘘はないはず。嘘をつく意味もない。
となれば、ここからこの町が戦場に? うーん。同業者というか神使があっちこっちに顔を出しているのでケガイも相当やりにくいと思うのよね。ちょっとしたケガイだったら、わらわたちでも滅ぼせるはず。
わらわたちが束になってもかなわない強力なケガイが、なぜかこんな田舎に出てくるってこと?
分からない。でも使命はまもらなきゃ。
とりあえず、ととさまの得意分野の出番よね。探知のお札をあっちこっちに貼って傾向を調べましょう。そこから捜索の範囲をせまくしていけば、なんとかなる、はず。
ううん。違う。それだけじゃ足りない。現地、そう現地の協力者を探すの。思いっきり眼のいいやつ、腕っ節の強いヤツ。足が速いのとか呪力が強いのもいいなあ。
問題は相撲をとってるところが全然ないことよね。現代では流行ってないのかしら。困った。
こんなことで人を守れるのかしら。