扉絵

クニAFTER

今の子は変わっているわね

 昼下がり。

 

 夏休みの学校は、割と混雑している。

 夏休みでも勉強のために開放している、というのが理由だが、勉強している生徒はわずかだ。

 何をしているかと言うとおしゃべりしていた。田舎だからやることがないと生徒は言うが、いや勉強があるでしょうと私は言いたい。

 

 いや。今日はそれ以上に言いたいことが、ある!

 先生言いたいことがあります。

 記憶にない生徒が......いる。

 でも、誰も不思議に思っていなさそう。田舎だから?

 おおらかだから?

 

 いやいやいやいや。ありえません。先生そんな非常識を許しませんよ。

 

 私は歩く全速で歩いた。あ、クニ先生という間の抜けた声を無視して、その子の前に立った。

「あなた! そう、あなた! どこの生徒なの? 名前と学年を言いなさい!」

 

 そう言ったら、周囲の生徒たちが笑いだした。冗談だと思ったらしい。その反応に仰天していると、くだんの生徒が私を見た。

 

 あれ、身体が動かない......。

 それで意識が飛んだ。気づいたら私は教室の隅、掃除用具入れの前に立てかけられていた。

 恐怖! あ、でも身体が動いた。じゃあいいか。

 あれは夢?

 

 分からない。というよりも理解できない。そんな非科学的なことなんてケガイだけで十分。

 それで私は勢い良く再び動いて、いつの間にか増えた生徒のところへ急いだ。

 

「あなた!」

 例によって生徒は教室で談笑中だった。ほんともう勉強しなさい。いや今はそれどころではない。

 正体不明の生徒だ。

 彼女が馴染んでいるのが本当に不思議だ。なんなのこの子。

 生徒は会話を止めると私を見て、盛大なため息をついた。

 

「はぁ。......すごいというかなんというか。学習能力がないの?」

「知らない生徒にそんな事を言われる筋合いはありません!」

「なんかこー。あんたにはなんでか術が効きにくいのよね。とはいえ神通力があるでなし」

「何を言っているの?」

「認識阻害と認識書き換えの話。まあいいか」

 その生徒は改めて私を見た。

 

「ケガイだってイチコロの私の術、見せてあげる」

 

 生徒の眼が金色に輝いた。

 あれ、また意識が......。

 

/*/

 

 気づけば夕方になっており、私は職員室の前の壁に立てかけられていた。

 

 な、なんなのよ。もう。

 

 今度こそ例の......。

 あれ?

 今度こそ例の、そう今度こそ、今度こそなんだっけ。

 

 腕を組んで私は考えた。

 私は先生。ならば答えは決まっている。

 勉強しろ。そう、これ。

 

 でも少しの違和感がある。何があったのか。

 難しい顔で家路についたら生徒が待っていた。

 ベニさん。あれ、名字なんだっけ。いけないわ。記憶力を気にする歳でもないのだけど。

 

「ふむー。あんたを見てると自信なくなるわね」

「なんの話をしているの? ベニさん」

「なんでもない。帰るわよ」

「帰るわよって、どこに?」

「お互いの家。一緒に帰るって言わない?」

 

 私は昔を思い出した。一〇年と昔ではないのに、懐かしい気分。

 確かに私も、学生時代はよく連れ立って帰っていた。なんでそんなことをしていたんだろうと思わなくもない。

 まあでも、先生と帰るってどうなのかしら。私が学生だったときは思いも付きもしない行為だったけど。今の子は変わっているわね。

 

「まあ、そういうことなら帰りましょう。説教が付いてくるけれど」

「説教されるほどの事はしていないと思う」

「生徒はみんなそう言うのよ。自分の未熟さに気づいていない」

「わら...‥私はそんな歳でもないのだけど」

「それも、生徒は皆言うわ」

「術は効いていると」

「なんの話?」

「なんでもない」

 ベニさんは隠し事を見つかった生徒のような顔をしている。私は苦笑して、自分もそうだったかもと思った。先生(私)の先生に感謝すべきでしょうね。私の母校はケガイに襲われてもうないけれど。

「さあ、説教するわよ」

「嬉しそうね」

「かつて自分がして貰ったことを渡すことは嬉しいことよ」

「それが人の営みか......」

「そうね。きっとそう」

 私たちは学校から海岸へ抜ける道を歩いた。

「私もととさまから......。いや、なんでもない。ところでクニ先生は先祖に神かなにかいないの?」

「そんなものがいるわけないでしょう」

「ふーむ、だとすれば何ゆえのその抵抗力。瞳術にすらある程度抵抗があるように思える」

「全く訳のわからないことをと言って、私は自分が大学では民俗学をやっていたことを思い出した。今の質問への回答は正しいものではなかった。

 それで、ベニさんを見る。

「あくまでお話という意味でなら、いるわよ。というよりも日本人の多くはそうじゃないかしら。日本の神さまの多くは誰かの祖先のことですからね」

「名前は?」

「前に大学の課題でやったことあったなあ。国常立尊よ。聞いたこともないでしょ」

「いや、天地開闢すぐの名前ではないか。なるほど」

 何がなるほどかは分からないが、ベニさんは案外私と同じように小説などで興味を持ったのかもしれない。

 

 この子が将来先生になるのかも。

 そう思ったら嬉しくなった。

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