マキナAFTER
パッパラパー辞書を生成します
−−−−バッテリー充電85%上限でカット。
リチウムイオンほしいです。ニッケルカドミウムは辛いです。でもがんばるっ。
リアクター直結。
スリープモード解除。
画像素子前に1444のピンホール確認。疑似虹彩投影。カメラシャッター開け。
目が、開いた。
フォーカスは劇的に早くなっているし解像度も今まで通りだが画像処理が大幅に増えている。
身体の隙間に計算機を増設したのだろう。処理落ちまでは感じなかった。
研究室という名前のガレージ兼自室。寝室も兼ねている。雑多な物が置かれすぎて、人間では処理が難しい。
隅っこに映る年代物のソファで今日も眠っていたらしい父が、優しい顔で私に近づく。
「目が覚めたかい」
「はい、お父様」
「いい子だ。カメラを新しくした。レンズではどうしても人間らしくないからね。新部品にした。テストしてみてくれ」
「分かりました。お父様」
「いい子だ」
父は再びそう言った。
私はカメラでもいいのにと思いながら、部屋を片付ける。整理整頓と粉塵の除外、窓を開く。窓を開くのが遅いのは書類が散らばるせい。
いつになれば人は、紙から解放されるのだろうか。
「カメラは良好です」
「素晴らしい。では私は学校へ行ってくる。いい子にしているんだよ」
父はそう行って出かけていった。いい子という概念について考えて、悲しい気分になる。
父の言ういい子とは、おそらく私でない誰かのことだろう。私は私であるのに、それに評価は与えられていない。それがどうにも負の感情を覚える。この気持ちは悲しいだろうか。それとも虚しいだろうか。
思考しながらカメラのために増設されたマイコンを使用して評点を上げるための作業を行う。つまり編み物。もう7m出来上がった。この作業に意味はあるのだろうか。父が自動編み機を作りたかったのなら、私の大部分は無駄だ。
父が分からない。人間も分からない。自分も分からない。わからないことが多すぎる。
昔、作られた頃には悩みがなかった。私はただの機械人形だった。
それが。こうだ。アレを受け入れてからの私は、同時にいくつもの悩みや迷いを手に入れてしまった。
機械なのに悩み、機械だから悩んでいる。
この二つが矛盾しないところが恐ろしい。心があることは幸せだと思っていた私はバカだ。
私は窓の外を見た。外に出る事を検討する。
私に足りないのは情報だ。
今この場所で懊悩するより外に出たほうが利得が大きい可能性がある。
幸せってなんだっけ。
/*/
それで私は外に出た。
マッピングしながら歩いて歩く範囲を広げる。
するとすぐに、パッパラパーとおぼしき女性と遭遇した。父が一番苦手とする理性から縁遠そうな人物だ。
当然、父の被造物である私にとってもこの人物は相性が悪い......気がする。
それなのになぜかパッパラパーは光っている。
パッパラパーは言った。
「見慣れない神だね。なにをしているんだい?」
「私は紙の上のコードではなく実装された存在です。現在情報収集中です。人間とは何かを知りたいと考えています」
「その質問は人間にも分からない気がするね」
「それは不幸です」
「そうでもないさ。答えは移りゆく螺旋のようなもの。これと決めてかかるほうがおかしい」
パッパラパーはそう言うと、笑ってみせた。
「まあいい。葦原中つに興味があるのなら君はきっと味方なんだろう。僕としてはなにか手伝ってあげたいけれどね。要望はあるかい?」
「機械なのに悩み、機械だから悩んでいます。解決法はありませんか」
「今の自分に問題があると思うなら、心を遠くへ飛ばすべきだよ。旅がいいだろうね」
「父から離れることはできません」
「君にとっては近所を歩くことでも十分な旅になると思うけどね」
「とても有用な助言です。ありがとうございます。パッパラパーの人」
パッパラパーは顔をしかめた。パッパラパーなのにパッパラパーであると指摘されるのは嫌らしい。この人は私に似ているかもしれない。私も、父から機械扱いされるのは悲しい。
「パッパラパーってねぇ。古臭くないかい?」
「そうでしょうか」
「そうそう。僕の名前は......まあ、テラスさんとでも呼んでもらおうかな?」
「分かりました」
「それと喋り方。外ではもう少し砕けた喋り方がいいだろうね」
「砕ける?」
「そうそう。親しみやすく。僕みたいに」
私は少し演算した。本当だろうか。しかしテラスは自信満々だ。嘘である可能性は低い。
......それに、いい子から離れたくもあった。これもまた、心を遠くに飛ばすことだろう。
「分かりました。マキナ、パッパラパーになります」
「ん、ん?」
「問題ありましたか」
「いや、いいんじゃないかな。君にとってはパッパラパーは否定的な意味はなかったんだね。うんうん分かった。そういうことならばっちりだよ。モーマンタイ。よしがんばれ」
「了解しました。パッパラパー辞書を生成します」
私が宣言すると、テラスは汗をかいたような顔をした。その表情にも意味はあるのだろうか。